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政治・経済・外交・文化を揃えた混沌の大都市デリー
約13億の人口を誇るインドにおいて、首都デリーには約2000万人が暮らしています。東南アジアの他の国々と比較しても、デリーの喧騒を超える街はあまりないぐらい、街はけたたましいクラクションや人混みに包まれています。
デリーの街中では、「これぞ、インド・・(驚)!!」 「これだから、インドは・・(怒)!!」 という文化を良くも悪くも体感できます。
マイペースで、ノープロブレムなインド人、列の順番も時間の約束も気にしないインド人、自分さえよければ良いが全面に出ているインド人など、様々な面で見応えがある分、デリーを観光するのは本当に気力と体力がいります(笑)。
ムガル帝国時代の圧倒的なパワーを示す 「ラール・キラー」
ラール・キラーは1639〜48年にムガル帝国時代の第5代皇帝によって建てられた砦で、別名レッドーフォート(赤い砦)と呼ばれています。その名の通り、赤い砂岩で築かれた堂々たる城壁が正面を守っています。
かつては、「地上に天国があるものならば、それはここだ」と詩に歌われるほどでしたが、セポイの反乱により侵攻略奪を受け、華麗な宮殿は破壊されたと言われています。
旧市街にそびえる巨大なモスク 「ジャマー・マスジット」
ジャマー・マスジットは、シャー・ジャハーン帝により、都の中核をなすイスラーム教の礼拝所として1656年に完成しました。
赤砂岩と白大理石のコントラストがとても美しいインド最大規模のモスクです。オールドデリーを見下ろすイスラームのシンボルであり、丘の上に建てられているため遠くから見るとより一層荘厳に見えます。
インド・イスラーム建築の傑作 「【世界遺産】フマユーン廟」
ムガル帝国第2代皇帝のフユマーン廟は、1565年にフユマーンの妃によって建てられました。庭園の中に廟を置くスタイルは後のタージ・マハルにも影響を与えていて、インド・イスラーム建築の傑作とされています。
中央にドームを頂いた左右対象の建築は、入り口のアーチを通して見ると、より一層の安定感が際立ちます。1993年に世界遺産に登録されました。
平和を願う巨大なシンボル 「バハーイ・ハウス・オブ・ワーシップ(バハーイー寺院)」
バハーイー教は人類の平和統一、宗教と科学の調和を説くイラン起源のイスラーム系新宗教です。カーストに関係なく、誰もが純粋に祈り瞑想できるシンボルとして建てられました。
白大理石で造られた巨大なハスの花の形がとてもユニークです。
戦争の記憶を今に伝える 「インド門」
インド門は、第1次世界大戦で戦死したインド兵士のために建てられた慰霊碑です。インドは戦後の独立を条件にイギリスに協力して参戦しましたが、大きな犠牲とは裏腹に独立は実現しませんでした。壁面には1万3500人の名前が刻まれています。
デリー観光のハイライト 「【世界遺産】クトゥブ・ミーナール」
クトゥブ・ミーナールはインド最初のイスラーム王国である奴隷王朝(1206~1290)のスルタン、クトゥーブッディーン・アイバクが、ヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して建てたものです。
ミーナールとはモスクの尖塔(ミナレット)のことで、塔は高さ72.5mで5層から成り、上へ行くに従って細くなっています。ミーナールの周囲にはインド最古のモスク、クワットゥル・イスラーム・マスジットといった見応えがのある建築群があります。
デリーを旅行する人は気をつけて!!
インドへ行こうとしている方ならばご存知かもしれませんが、デリーでは旅行者を狙った詐欺が後を絶ちません。・・いや、もう本当にすごいですよ・・。
詐欺を目的に、警官に変装してたり、タクシードライバーになりすましてたり、親切装っていたりなんて日常茶飯事です。インド人の友達は、「観光シーズンになると、インド中の悪人がデリーを目指して北上して来るよ!」なんて冗談(本気!?)で言ってました。
観光客を騙して金を得ることに命をかけているんじゃないかと思うぐらい、あの手この手を編み出してきます。しかも、デリーの詐欺師って、詐欺慣れているからか知れませんがかなり強気です。宝石店でもお土産屋でも旅行会社でもタクシー運転手でも強気の詐欺師(かなり強引)が多い印象です。
タクシー運転手もリキシャー運転手も、目的地とは全く違う場所に連れて行くなんてしょっちゅうですし、目的地でもない場所に連れてきて、金を払うまでタクシーのドアを開けないなんてこともあります。
デリー以外の街にも言えますが、どうぞ詐欺師には気をつけて下さい。そして、インドの強烈なカオスにどっぷりハマって楽しんで来てください(笑)!インドに行くと価値観、人生観、世界観がまるっと変わるかもしれませんよ!!
以上、インド旅行記(デリー)【近代化の脚光を浴びる混沌の大都市】でした!